鍋横の映画館 〜中野館〜

中野館(旧本町通4-36・現中央4-2)

日活映画の上映館として大正10年開館。旧鍋横通りのせともの屋「小川園」の先々代が経営していました。高い建物は空襲の時に目標にされると言われて昭和19年強制疎開で取り壊され閉館しました。

昭和10年ごろの中野館の全景。昔懐かしい映画館の建物です。「鍋横区民活動センター」に区の資料として保管されている日活撮影のフィルムからの写真です。当時の鍋屋横丁の様子や、中野館観桜会、各町会のお祭り、神輿などが撮影された記録映画です。
追分通りから見た風景と中野館の入り口付近です。興行映画の宣伝や役者のポスターなどが飾られています。右下は切符売り場です。
当時大人気の嵐寛壽郎の十八番むっつり右門捕物帳のチラシです。
戦後は建物も焼失に遭い、コンクリートの映写室は残されていましたが昭和43年頃マンション建設のために取り壊されました。

中野館の思い出

川本正太郎:平成20年談
自宅そばの中野館という映画館へもよく行きました。その頃の映画は、弁士が語り音楽を流すというものでした。フィルム数が少なく他の上映会場とかけもちのため、自転車で運搬する人がいました。小さい映画館でしたが楽しみの少ない時代でしたのでいつも満員でした。今だから話せますが、中野館に知り合いがおり、無料で入場していました。

石塚光男:平成8年談
中野館が無声映画の時、徳川無声や山野一郎(漫談家)が来ました。俳優の山内明は山野一郎の息子で、私とは桃園第一小学校の同級生で家に遊びに行った時大河内伝次郎が来ていました。

会田幸子:平成14年談
キャラメルの空箱を数枚持っていくと、中野館で映画がただになり、「20世紀の世界」というアメリカ映画を観たことを覚えています。キャラメルの箱は大宮公園まで拾いに行ったものです。
いろいろな店に貼ってあるポスターの隅にある三角(ビラの下)を切り取って持っていっても無料で入れました。